山岳ガイド 佐藤勇介のブログです。

FrontPage/2014-01-12

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「冬のリシリ」 その6


日本海で発生した低気圧は急激に発達し、爆弾低気圧となり利尻島の頭上を通過した。

中心気圧は948hPa。

成因は違うが大型の台風と同等の威力をもった低気圧の襲来である。

その後も勢力を維持したままオホーツク海に居座り、強い冬型の気圧配置をつくり日本海側は暴風雪の大荒れとなった。


雪洞に閉じ込められた我々にはただひたすら待つことしか許されなかった。


朝、目覚めると、とうに初日の出が昇っている時間だというのに雪洞内は真っ暗だった。

当然、入口は完全に埋没し閉ざされた状態となっていたのである。


パートナーが除雪のためにテントの外へ出るとなんだか慌て狼狽えながら喚いている。


なにやら…「やべぇ」とか「出られないかも!」とか…。

5分ほど悪戦苦闘した後、ようやく開通したようだ。

するとまたしても「フガー!」と喚いている。


しばらく除雪作業をしたあと彼はテントに戻ってきたが、雪洞の出口は昨晩より1m以上遠くなっており(一晩でそれだけ積もった)、
外はブリザードが吹き荒れているそうだ。

視界は0mとのことである。

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テントから苦闘中の彼を除くと、そのスノーシャワーが凄まじい勢いでその背中に降り注いでいて、さながら滝行のようであった。


朝食の後、ラジオなどを聴きながらしばらくだらだらと時間をつぶしていると、再び外は闇に包まれた。

完全に埋まると外界の嵐から隔絶され、まったく静かなものだし暖かく快適なのである。

多少埋まってしまっても中には酸素も残っているし、雪の中にも酸素があるのですぐに窒息するわけではないので放っておいたが、
流石に昼の炊事をするために火器を使うときには通気を確保しておきたい。

今度は私が除雪しに天幕より這い出た。


すると先ほどの彼の喚きの訳を身を持って理解することができた。


まず、出口を塞いでいる雪をかき分けるが一向に貫通しない。

雪を掘ってテント側へ寄せておくが、そのうち雪を捨てる空間がなくなってきてしまう。

少しずつ自分の居場所すらなくなってくるのに、恐怖を覚えた。


何とかスコップの先だけでもと外側へ向かって突き出すとようやく先っぽだけ外へ出たようだ。

同時に滝の如く雪が降り注いでくる。

わずかに空いた穴から、身をよじり苦しい体勢で(かなりアバラに響く)なんとか頭を出すと地獄が待っていた。


荒れ狂う風、叩きつけるような雪、それらが容赦なく顔面を襲い、眼を開けることすらできない、呼吸さえ困難だ。

すぐさま穴の中へ逃げ帰りたい気持ちに鞭を打ち作業する。

顔をまったく挙げられないので、うつむきながら片手で必死に雪を捨てる。

捨てるそばから、雪が容赦なく穴を埋めようと押し寄せてくる。

リシリは我々を生き埋めにするつもりなのだ。

20分ほど拷問に耐えると、さながらホラー映画の様相となってしまった。

キャー!!


翌、1月2日も終日吹雪のため停滞。

埋まることにも慣れてきたので、除雪も最小限。


1月3日。

今日、この穴を脱出しなければ当分「リシリ」に閉じ込められることは必至。

天気図によれば等圧線の間隔も、今日明日は広い。

その後は、次なる低気圧がやってくる。

日の出とともに行動できるように、準備を整え外を窺うと依然、視界はない。

しばらく様子を見る。


9時ごろ視界10mの中偵察に出るが、両サイドには活路は見いだせない。

周囲をぐるりと岸壁に囲まれた地形で下部は急傾斜の雪面が落ち込んでいる。

今度は下部を偵察。50mほど下降したが周囲の傾斜は変わらず。

時折、ガスの切れ間があるようになってきた。

しかし、パートナーの足の感覚がなくなり凍傷の恐れがあるので雪洞へ急いで戻る。

いままで雪山で足に不安を覚えたことのない寒さに強い彼だが、今回の寒気は一味違うようだ。


11時まで待機したが、状況は変わらないので意を決して行動に移る。

80m下降した後、ロープで確保してもらいながら雪壁をトラバースする。

視界が悪いので、探り探りの行動だ。

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3ピッチほどトラバースすると尾根上の場所に出た。

トレースも発見して北稜であることを確認した。

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慎重に北稜を下降すると次第に傾斜が緩んで、滑落の不安もなくなる。

ガスも切れ始め、周囲を見渡せるようになってきた。

なおも下降すると、氷の鎧をまとった長官小屋へとたどり着いた。

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その日の行動は慎重を期して、快適な冷凍庫のなかで一夜を明かす。

尾根の雪は締まっていて、明日の行動ははかどるであろうことが予想された。


翌朝、避難小屋を出ると前日とは別世界となっており新たに50㎝ほど雪が積もっていた。

風当たりの強い、尾根上であるのに胸のあたりまで新雪に没する。

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視界もほとんど無に等しく、またもやコンパス頼りの行動となる。

長官山からは雪崩におびえながら、何度も方向を修正しつつ慎重に下った。

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一度ガスがはれあたりの美しい景色が広がって、もう大丈夫だと安心したら、すぐに真っ白にホワイトアウトした。

澄んだ水の中に、ミルクをたっぷりと注いで混ぜ合わせたような世界を泳ぐ。

もがきながらどんどん下って樹林帯へ入るとようやく本当に視界が広がった。

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海が見えて、向こうに礼文島の美しい姿も認められた。

結局、利尻岳の山頂は一度も姿を現すことはなかった。

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野営場から林道をしばらく歩いて、目的地の温泉へと辿り着いた。

ようやくラッセルと重荷と寒気と風から解放され温泉へ浸かることができると喜んでいたら、温泉は休業中であった。

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