FrontPage/2015-03-03
坊主岳
江戸を発する中山道は信州・塩尻を過ぎると木曽川の流れに沿うようになり、両岸は迫らんばかりの急峻な山々に囲れる。
その狭隘な山峡に今もなお往時の面影を残す奈良井宿がある。
道に雪の残る奈良井宿は歩く人もなく、閑寂として音もない。
旅人の渇きを癒したであろう、水は絶えることなく流れていた。
登りばかりで息つく暇もない尾根を登り詰めると背後に泰然と木曽御嶽山が姿を現した。
春の雪は踏みしめれば硬く締まって崩れることはないが、一歩が重く体力を奪う。
以前は三つのピークが均整のとれた稜線を形づくっていた「おんたけ」は白く大きな噴煙のためバランスが崩れてしまっている。
登るにつれて視界も開け木曽駒ヶ岳の緩やかな山頂も窺えるようになった。
坊主岳はもともと藪山で藪が雪で覆われるこの時期にのみ登られる不遇の山であったが、近年笹が刈払われ道ができたそうだ。
どおりで登山口には依然なかった大きな看板もできたし、木々にはピンク色の目印が付いている。
最後の急登を藪を掻き分けてこなすと、途端に視界が開け遮るものはなく見廻す限りの山々が飛び込んでくる。
山頂部は開けていて風が吹き抜け純然たる雪山の様相である。
雪に埋もれた標識を少しだけ掘り起こして、本当の山頂であることを確かめた。
周囲の高峰に埋もれ、その名の通り山容も凡庸で主張がない。
あたりの山から望んでもそれと指差すのは難しいだろう。
ただそこには一級の展望が用意されている。
ここには喧噪は似合わない。
代わりに静寂という友が何事か語りかけるだろう。
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