FrontPage/2016-05-13
厳冬期・剱岳北方稜線縦走 その8
激しい吹雪は今朝方まで続いた。
テントを這い出すと稜線は腰まで没する雪に埋め尽くされていた。
「強烈な風が稜線の雪を吹き飛ばしてくれる」なんて淡い期待は見事に打ち砕かれた。
天候の悪化は常に予報より早く、回復は遅い。
例にもれずあたりを覆っていたガスが晴れるまではしばらく時間ががかった。
ようやく進むべき稜線があらわになったので重い腰を挙げ、釜谷山直下の天幕をたたむ。
猫又山へと一歩踏み出すとワカンを履いても腰まで没する雪に、下りであっても蟻地獄のように身体が呑み込まれてしまう。
全くと言っていいほどペースは上がらず、時間だけが蝕まれていった。
過ぎていく時間に苛立ち、遮二無二足を進めようとするにも目の前の雪は崩れていくばかりで、
何度蹴り込んでも足場は定まらない。
空身になって道をつけてもなお、荷物を背負っての重さを支えてくれるステップを刻むのには苦労させられる。
全身を使って加重を分散させてごまかしながら身体を挙げていく。
歩きながらこの先の事を否が応にも考えさせられる。
剱岳までの行程、この先の天候、残りの食糧と燃料、自分たちの体力。
全てが揃わなければ剱岳の山頂を踏むことは適わない。
天候の回復する今日はせめて赤谷山を越えたいと考えていたが、もはやその半分に達することもできないだろう。
悔しいけれど答えはすでに明白だった。
ただ、溢れる涙が答えを出すことに抗っていた。
何度も自分自身をなだめすかし、納得させる努力をする。
これまで保っていた気持ちも最早途切れ、足は重くただパートナーのつけたトレースをたどるだけであった。
たどり着いた猫又山は温かく僕らを迎え入れてくれている気がした。
山頂に座り呆然としていると、ガスの中から美しく気高い剱岳が姿を現した。
真っ白な雪に覆われたその姿はいつまでも見飽きることがない。
辺りを取り巻く荘厳な景色に感嘆の声を上げる。
北方稜線を後にして、東芦見尾根を下る。
光溢れる尾根は剱岳を望むのにこれ以上ない展望台であった。
コメント