FrontPage/2017-01-14
厳冬期 飯豊連峰敗退記 その4
静かだった昨夜とは打って変わって、暴風が唸りを上げる。
猛り狂う獅子の咆哮が一晩中小屋を支配する。
夜明けを待って外を伺う。
昨日の景色とは何となく違う。
風雪の合間に微かに地面の起伏を感じる。
昨夜の烈風が降り積もった雪を彼方へ吹き飛ばし、固く凍った雪面を洗い出したのだ。
僅かながらも凹凸のある雪面は大地の起伏を伝えてくれる。
辺りを伺うと昨日はいくら歩みを進めても白一色であったところが、笹の葉や岩が露出している。
とは言っても視界は10mあるかどうかだが。
機を逃しては脱出はより困難になる。
不退転の覚悟なくしては下山は有り得ない。
意を決して小屋を発つ。
コンパスと地形図だけを頼りにホワイトアウトに身を投じる。
10歩進むたびに磁針の指し示す方向を確認する。
それでもいつの間にか進路は大きくずれている。
何度も修正を重ねながら苦労してはっきりと現在地がわかる場所までたどり着いた。
地図上では間違えようのない地形であるが、目標物のないなか思い通りに進むことがなんと難しいことか。
常に強風が吹きつける稜線ではゆっくりと考えている暇はない。
自分を信じてとにかく進む。
分岐である扇の地神から伸びているはずの梶川尾根は全く確認できず
手探りのようにして一歩ずつ確かめながら歩んでいく。
右往左往しながらようやく尾根らしき高みに乗ることができた。
高度を200m下げると少しずつ背の高い木が現れ、格段に地形を確認しやすくなった。
そうとなれば怖いことはない。
雪も締まっていてきわめて歩きやすい。
一気にスピードをあげてどんどん下る。
視界があるのはどれほど安心なことか思い知る。
梶川峰を過ぎて樹林帯に入ると今度は遠くを見通せなくなる。
尾根も複雑になり雪も深くなる。
少しでも進路を誤ると修正するのに大ラッセルが必要になる。
正しい尾根か判断に迷ったとき、ふとガスの切れ間に急峻な石転び沢が姿を現した。
周囲の尾根は鋭く谷へと落ち込み黒部の雪稜や谷川の一の倉沢を思わせる。
どの尾根をたどろうとしても困難に満ちたバリエーションルートとなるに違いない。
アップダウンを繰り返しながら孤独なラッセルを続ける。
ルートを修正し標高800m付近まで高度を下げて大晦日の幕営となった。
翌日は眼下に見える林道めがけて下る。
雪は重く湿って歩きずらいがあっという間に林道にたどり着いた。
あとは雪崩に怯えながら黙々と林道を延々ラッセルするだけ…。
久方振りの風呂に浸かり、ビールを飲む。
窓の外を伺うと山では拝むことのできなかった太陽が雲の間から顔を出した。
稜線は未だ雲の中。
次に山並みが姿を現すのはいつのことだろうか…。
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