FrontPage/2014-01-07
「冬のリシリ」 その1
甲板に出ると頬を刺すような冷たい風が雪を交えて吹いていた。
海を渡る潮風に雪国特有の湿った風の匂いが満ちている。
大型のフェリーは大きく揺れ、時に一瞬宙を飛び、
すぐ後に「ドーン」という音とともに海面へと叩き付けられたような衝撃が走る。
冬の日本海の荒波を分けて、船体を大きく傾がせながら進む船に
「今日はどうして欠航にならなかったのか?」と不思議なほどだ。
空は低く、灰色に曇って目指す島の姿を望むことはできないが、
蒼く暗い海に白い航跡を残して突き進む船に「確かに近づいている」という実感がこみあげる。
同時に期待と不安がないまぜになった緊張感で胃袋が締め上げられるようだ。
まるでヨーロッパアルプスの針峰群の一座を切り取って海に浮かべたような姿である。
稜線に吹く強風と痺れるような寒気はヒマラヤのものと比べても遜色はない。
鋭い尾根が、深い谷が、海岸線よりたちどころに傾斜を増し、山頂を目指し駆け上がっている。
天を突く岩峰にいろどられ、純白の衣をまとったその姿は荒々しくも神々しい芸術作品だ。
その姿を一目見た時から魅せられ、何としてでもその頂からの風景を我が物としたいと思った。
その時、「この冬の目標は利尻だ」と心に決めた。
「冬の利尻岳」は他のどんな山とも比べようのない独自の存在感を主張している。
山そのものが一つの島を成し、島そのものが一つの山であるともいえる。
日本でも最北端に位置するといえるこの山は樺太にほど近い。
日本海を発達しながら進む低気圧は、この島の付近で勢力を維持したまま長く停滞する。
厳冬期に晴れる日といえば月に1日か2日しかない。
海を渡る風は直接1700mを超す障壁にぶつかり、勢いを増して稜線を越えていく。
激しく吹き荒れる風は「北海の荒法師」の異名を持ち恐れられている。
「冬の利尻」は「冬の剱」とならび、日本の冬山を志すものにとって目標となりうる二つの山であろう。
「冬の利尻」へはまず、上陸するまでが一つの関門である。
稚内空港は日本で二番目の欠航率を誇る。冬であればなおさらだ。
島へ渡るフェリーにしてもひとたび海が荒れれば2~3日の欠航は当たり前。
冬の利尻を目指したが、その地を踏むことさえできずに稚内でやけ酒をあおって敗退というものも身近に少なくはない。
かくいう我々も出発当日、羽田空港に着くや稚内便のみが早くも欠航を決めていた。
どうにか5時間後の新千歳空港行きに乗り、札幌から深夜バスで稚内フェリーターミナルへたどり着いた。
そこで「本日は低気圧の影響により全便欠航致しております」
の張り紙を見て再び途方に暮れたのである。
それにしても前夜の段階で翌日の午後の便まで早々と欠航を決めてしまうのは潔い限りである。
まあ期待を持たせながら、やっぱり欠航というよりははっきりしていて気持ちがいい。
かくして我々も先人に倣い、やむなく稚内にて無為の一日を費やしたのである。
コメント