FrontPage/2014-01-09
「冬のリシリ」 その3
昨夜は漁火が輝いていたので、翌日は青空が見えるかもしれないと期待していたが、雪洞を出るときちんと吹雪いていた。
1000m圏のピークまでは膝程度まで潜るばかりで、順調に高度を挙げられた。
同じラッセルといっても底に締まり雪があるのと、
体重をかろうじて支えてくれる程度の結合の弱い雪とでは労力は比べ物にならないものだ。
この辺りまでは、いわゆる手ごろなラッセルであった。
ここから尾根は90度向きを変え、急激に痩せたナイフリッジへと変わる。
この時期、雪庇はそれほど大きく発達はしていないが、新雪のため結合は弱く慎重な見極めが必要である。
わずかな衝撃や体重をかけただけで、そこにあったはずの尾根はスパッと谷底へと落ちていく。
眼の前にある尾根が尾根上の雪であるのか、下には何もない雪庇なのかを見分けるには遠目から見えればよいが、
なかなかそうはいかず覗き込んでみるか蹴りこんでみるかしか方法がないことも多い。
体重は手前に残したまま蹴ってみたり、アックスで切れ込みを入れて
怪しい部分をあらかじめ落としていかなければならないのだ。
独立峰である利尻岳は風があらゆる方向から吹くようで、雪庇のできる方向が一様ではないので質が悪い。
時に両側とも雪庇ということもある。
時に稜線上を行くことはかなわず左右の斜面を巻かなければならないが、
胸のあたりまで没する深雪とダケカンバのヤブが阻み、容易に進むことを赦さない。
逃げ場のない痩せた稜線に吹き付ける風は厳しく、まつ毛も鼻毛も凍りつく。
トラバースから稜上に這い上がる部分は除雪をしながらのダブルアックスで進むが、
締まった雪などはるか足元の下であるので、不安定な雪をごまかしながら固めて体を挙げていく。
背丈よりもはるかに高く立ちふさがる雪の壁をモグラのように這い進む。
凍りついた這い松がオーバーハングとなって立ち塞がり、さらに足元は崩れていくので乗越ていくのに苦労した。
頭上から容赦なく雪を浴び続けなければならないので全身雪まみれである。
もちろんランナーは10mに一つとれれば良い方だ。
尾根の左右にモンスターと化した岩峰がガスの中から忽然と現れ消えていく。
海に囲まれたこの山では北アルプスなどにくらべ、湿度が高いせいか濃密なガスに覆われ進むべきラインを見定めることは難しい。
「三本槍」の岩峰群が天を突く。
真っ白な雪とガスに遠近感がつかめないが、近づいていくほどにその大きさを増して威圧的だ。
ここを過ぎれば通称「窓」と呼ばれる核心部であるが、時計は14時半をまわったくらいであったが、
視界も悪く風が強いので「三本槍」の付近に雪洞をほった。
掘り進めるとすぐに這い松が出てきてしまいてこずったが、横に広げる形でリカバリー。
だが天井は薄く心もとないものであった。
標高1400m。山頂までは残りわずか高度差350m。
あすの午前中の予報は「霧のち晴れ」だ。
気象予報士の資格保有者であるパートナーによれば
「この晴天は日本海に発生する低気圧の全面に現れる一時的な疑似好天で、その後発達した低気圧が利尻島の真上を通過する」
との見込みである。
ラジオの予報では「低気圧の通過後に―41℃以下の第一級の寒波が南下する」と告げている。
午前中には山頂を越え、長官小屋(避難小屋)へと入らなければならないし、時間的に見ても十分たどり着けるだろう。
むしろそうしなければ山頂付近で低気圧を迎え、その後の強烈な冬型気圧配置に閉じ込められてしまうことが想像に難くない。
あわよくば山頂から全方位の大展望を我が物とできるかもしれない。
雪洞内でわずかに持ってきたブランデーをすすりながら、ビーフジャーキーに噛り付いた。
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