山岳ガイド 佐藤勇介のブログです。

FrontPage/2014-01-11

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「冬のリシリ」 その5



見晴らしのいい草原に穏やかな風が吹いて、柔らかな日差しがやさしくふりそそいでいた。

次はどんな山へ登ろうか、何をしようか。

そんなことを漫然と考えていた。


コーヒーでも淹れてパンでもかじろうか、あるいは写真を撮りにあたりを探りに行こうか、

なんとなしに迷っていた。


そんな夢をみている心地だった。


すると突然、顔に冷や水をかけられたような感じがした。


休日の朝寝を無理やり起こされるような気分で鬱陶しい。

眼を開けると、あたりは暗く雪が降っているようだった。


一人の男が、遮二無二雪を掘っている。

寝起きの私は、それが私の知り合いであることが分かるまで少々時間がかかった。

(私) 「ここどこ?」

(彼) 「リシリ!」

(私) (・・・・・リシリ・・・ってなんだっけ?・・・・・・そんな名前の山があったような・・・)

    「リシリの何処?」

(彼) 「ホクトウリョウ!」

(私) (リシリのホクトウリョウ・・・・・・そういえば利尻岳に登りに来てたんだっけ。)

(私) 「利尻登っててどうしたんだっけ?」

(彼) 「落ちた!!」

(私) (・・・落ちた!?・・・・・・そういえば落ちたんだっけ!?・・・そういえば落ちたな~)


私はようやく自分の置かれている立場をぼんやりではあるが理解したのである。

それでも何べんも思い返して、自分が落ちたということを少しずつ自覚した。

そしてようやく驚き、状況を把握した。


そして

「生きなきゃ!!生きて帰るんだ!!」

そう強く心に思った。


立ち上がろうとすると左半身に強い痛みが走った。

すぐにあばらが折れていることを悟った。

痛みに耐えながらザックから肩を外して何とか立ち上がることができ、歩くことができた。

顔を流れている冷たいものは、おそらく血であるかもしれないと拭って見ると、

赤くはなかったのでどうやら出血はしていないらしくほっとした。

顔に降り積もった雪が溶けてながれていたのだった。


今はとにかく穴を掘らなければならない。


左腕は痛みで挙がらないので、右手一本で雪洞を掘る。

幸いパートナーは元気に働いてくれているので、私は彼の掘った雪を斜面へとどんどん捨てていった。

辺りは壁に囲まれているような地形で、風をかなり防いでくれているようだった。

始めは二人がぎりぎり入れる穴が掘れればいいと思ったが、雪は柔らかく深くまで掘れたので中にテントを張ることができた。


ほうほうの程でテントの中に入ると、ようやく生きた心地がしたのだった。

テントに入るとどうも左の視界が狭い。

写真を撮ってみると何とも酷い顔になっていてぞっとした。

essential-line


ミルクティーを飲んで、雑炊を食べると意識も記憶もはっきりしてきて冷静になった。


パートナーによれば、私は1時間近く意識を失っていたそうだ。

私が落ちた時、彼は気づかず(視界が1mもなかったため)、見えない所に勝手に移動したと思い、
しばらく探していたら自分も落ちたということだった。


彼は意識を失わなかったので長い距離を落ちている間、少なくとも三回は「死んだ」と思ったそうだ。

逆にいうと三回も「死んだ」と思えるほど、長い距離を落ちたということである。


落ちてから30分ほどは彼自信も衝撃で起き上がれなかったそうである。

私に声を掛けても反応はなく「死んでる」と思ったそうだが、
しばらくすると「ウ~」とかなんとか言い出したので、かろうじて生きていることが分かったということだ。

先ほどの「ここどこ?」のやりとりも幾度となく繰り替えしていたそうだが当方には全く記憶になく、
最後のやり取りしか覚えてない次第である。

自分でも生きているのが信じられないくらいで、二人とも死んでいないのは奇跡に近いように思えた。


幸い食料も燃料も余分にあるので、あすからの悪天にも耐えることができるだろう。

奇跡を起こしてくれた神に感謝しつつシュラフに潜りこもうしたら、その動きは折れた肋骨に相当響くのであった。

中に納まるまで10分ほど拷問のごとき苦しみを味わわなければならなかった。

頭の上までシュラフにくるまりファスナーを挙げることは諦め、終いには寒さに耐えることにした。


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