FrontPage/2015-01-09
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厳冬期 利尻岳南稜 その4
バットレスのハイ松テラスでの目覚めは窮屈なものだった。
目覚めるとともにテントを圧迫する雪をぞくりと落ち込んだ岩壁の下へと落とすと中はわずかに広くなった。
テントの撤収は常にセルフビレイをとった状態で、何をするにも落としてしまわないように慎重に行わなければならないので、
いつもよりずいぶんと時間が掛かった。
朝一から早速登攀に取り掛かるが、昨日の残業の疲れもあってアックスを握る腕が重く調子が上がらない。
ランナウトが厳しく感じられたので、どうにかハーケンを一枚打ってロープを延ばす。
眼下には天を突く岩峰群がこれでもかと居並んでいる。
日の出と共に辺りを包んでいたガスもすっかりと晴れて今日は海岸線までくっきりと確認できる。
めずらしく良い方に天気が転んでくれたようだ。
次第に傾斜はゆるんで快調に高度を稼げるようになった。
昨夜積もった40センチほどの新雪も安定していて雪崩れる心配もないようだ。
青空に輝く頂稜が次第に近づくにつれて、いろいろな思いが熱く胸にこみ上げてくる。
昨年の苦労はもちろんのこと、越えてきた数知れぬ頂と岩壁。
今まで積み上げてきた山登りの経験や知識が凝縮されたルートを経ての山頂は目前だ。
逸る気持ちを抑えながら深い雪を掻き分け、駆け上がるように高みを目指す。
純白の雪に覆われた利尻岳南峰。
その頂に立つには更に1ピッチの登攀が必要だ。
左奥には昨年、影すらも見ることのできなかったローソク岩が聳え背後には礼文島の姿も見えている。
藪に張り付いたエビの尻尾を叩き落すことも慣れたもの。か細い枝に取った支点にももはや怯えることはなくなった。
狭い南峰の山頂から懸垂下降で基部に降り立ち、吹き溜まりに今宵の宿を掘っていると
目前に見えている本峰がアーベントロードに染まり始めた。
しばし作業の手を休めて本峰と南峰のコルで2014年最後の落陽を見送る。
振り返れば東の空に利尻富士の影が映しだされていた。
厳しい山における一時の安らぎ。
いつまでも褪せることなく、決して消えないほど深く刻まれる光景と記憶。
山の神が与えるものは決して試練だけではない。
次第に変わりゆく山肌の色合いが深みを増すと、今年最後の光は彼方の雲に吸い込まれていった。
つづく・・・
コメント
- 56年前の3月12日、私も南稜の大槍直下に置いたテントから出発し、必死な思いでハイ松テラスに達しました。そこから見下ろした群青の海上に印された航跡は、いまも鮮やかな記憶として残っています。
【 nishigori 】 2016-02-19 (金) 11:34:46 - nishigorさん 当時の装備での登攀はさぞ厳かったことでしょう。バットレスを突破した後に見下ろす光景は本当に素晴らしく美しいですよね。
【 yusuke sato 】 2016-02-25 (木) 17:19:11